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大黒屋光太夫 [吉村昭]

大黒屋光太夫 (上)

大黒屋光太夫 (上)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/05
  • メディア: 文庫


大黒屋光太夫 (下)

大黒屋光太夫 (下)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/05
  • メディア: 文庫


井上靖の「おろしや国酔夢譚」という本を読んだことがある。
この本が同一人物を主人公にしていたとは、最後の解説を読むまで、分からなかった。
乗っていた船が破船し、漂流し、ロシアに流れ着く点では同じでも、細部のエピソードで異なる点が多いためだろう。
吉村昭独特の、細部を詳細に、時間の経過とともに淡々と描いていく文体は、よりリアルさを増して、読んでいる者の心に響いてくる。

ストーリーは詳しくは記さないが、ざっと次のような話である。
大黒屋光太夫ら15人の船頭と水主は、漂流の末、命からがらロシア領の島に辿りつく。
そこから、過酷な旅が始まる。ロシアの冬は厳しく、仲間が1人また1人と、倒れていく。
そんな中で、日本からの漂流者の子孫等さまざまな人々と触れ合いながら、ロシア人の友人の援助を受けながら、生きていく。
光太夫は一時日本への帰国を諦めていたが、ロシア人キリロの支援と励ましから、エカテリーナ女帝に会って直接嘆願することが出来、ついに帰国許可が下りる。
しかし、当初15人いた仲間は、江戸に着いたときは、光太夫と磯吉の2人になっていた。

この作品は、冒険小説でもあり、大河ドラマでもある。
次から次へと起こる苦難を乗り越える度にわくわくさせられ、過酷な自然に翻弄させられる光太夫らの数奇な運命に感動させられる。

光太夫は、苦難の末、日本に帰ってきて、目出度し目出度しとなるわけだが、残りの人生が決して幸せだったかどうかは分からない。
旅の途中でなくなった者たちや、ロシアに置いて来た正蔵と庄蔵に対する自責の念に苦しんだ後半生だったのではないか。


おろしや国酔夢譚

おろしや国酔夢譚

  • 作者: 井上 靖
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1992/01
  • メディア: 単行本

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読売新聞の8月24日の記事である。以下の通り。

「吉村昭さんは“尊厳死”」 末期がんの自宅病床、「死ぬよ」治療具外す

 膵臓(すいぞう)がんで7月31日に亡くなった作家の吉村昭さん(写真、享年79歳)の最期は、自らの尊厳で選んだ覚悟の死だったことを24日、妻で作家の津村節子さん(78)が明らかにした。
 津村さんによると、吉村さんは死の前日の30日夜、点滴の管を自ら抜き、ついで首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜き、直後に看病していた長女に「死ぬよ」と告げたという。遺言状にも「延命治療はしない」と明記していた。家族は本人の意思を尊重して治療を継続せず、吉村さんはその数時間後に死去した。
 24日に吉村さんの生家近くの東京・日暮里のホテルで開かれた「お別れの会」の席上、600人の参列者を前に明らかにされた。作家の高井有一さんら4人の弔辞につづき、あいさつに立った津村さんによると、吉村さんは昨春、舌がんと宣告され、今年2月には膵臓全摘の手術を受けていた。
 吉村さんは病気を公にすると「お見舞いなどで関係者の方に迷惑をかける」と家族以外には明らかにせず、体調がいい日は書斎にこもり、来月7日発売の「新潮」10月号掲載の遺作「死顔」の推敲(すいこう)を繰り返していたという。
 「戦艦武蔵」「生麦事件」など多くの戦史小説、歴史小説を書き、有名無名の人間たちの運命を書いてきた吉村さんにとって、死は若いころから身近にあった。学生時代に結核のため肋骨(ろっこつ)を切除する手術を受け、東京の空襲では焼け出されている。「死顔」では、自らの死を悟って終末医療を拒んだ幕末の蘭方医佐藤泰然の例を引いている。
 先月10日に病状が悪化し再入院。治療に臨んだものの、やせ衰え、自宅に戻りたいと望んだため、同24日に退院。井の頭公園近くの東京・三鷹市にある自宅で療養に入り、「ひぐらしが鳴き、公園からの風が吹いてくるのを喜んでいた」(津村さん)。カテーテルポートを引き抜いたのはこの6日後。家族によると、最後まで意識はあったという。
 津村さんは「家にいたからこそ、自分の死を決することが出来て良かったと思う」と語りつつ、「私の目の前で、決めるなんて、本当に身勝手……」と嗚咽(おえつ)していた。会場では、「吉村さんらしい最期」だとの声が旧友らから聞かれた。
 延命を拒んだ作家は少なくない。1992年に死去した漫画家の長谷川町子さんは、遺言で「入院、手術はしない」と言い残した。95年に亡くなった作家の山口瞳さんは、肺がんの発覚後、ホスピスで最後まで仕事を続けることを選んだ。
 カテーテルポート 薬剤をカテーテル(細い管)で体内に入れるため、注入口として胸などの皮膚の下に埋め込む小さな器具。ここから患部などまでカテーテルをつなげる。感染の恐れが低く、ポートから針を抜けば入浴もできる。

この記事を読んで、思わず目頭が熱くなった。




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コメント 22

大黒屋の話から尊厳死の話まで、敬服します。
by (2006-09-05 23:45) 

ミモザ

なんと言えばいいのか・・私の父も末期には家に
帰りたがりました。そして安らかに逝きました。
by ミモザ (2006-09-05 23:52) 

マイケル

thalerさん
尊厳死は、新聞記事を引用しただけですので、恐縮します。
by マイケル (2006-09-06 06:58) 

マイケル

なっちのママさん
毅然として自分の死を受け入れる姿に感動しました。
by マイケル (2006-09-06 07:00) 

アールグレイ

「大黒屋光太夫」、日本に帰ってくるまでの、いろんな人生がうかがえます。
生き残った人、途中で命尽きた人、運命を感じ、背負っていく重みも感じます。 吉村昭さん、死の受け止め方、潔さと強さを感じさせられます。
最後をどのように迎えるかも、その人となりが表れますね。
切なくなるような思いです。
by アールグレイ (2006-09-06 08:06) 

nicolas

大黒屋光太夫の話は、この人たちの行方を追って同じルートを
「追っかけ」した、椎名誠の本を読んでから、引き続き興味のある件です。
あの時代に、そんなことがあったとは・・実際は本当にすさまじい経験だったと
思われます。想像すると気が遠くなりそうです。
帰ってきた光太夫の脳裡には、一生そういった光景が残っていたんでしょうね。
吉村さんの「死ぬよ」と、自分の人生を自ら閉めるというのはビックリしました。
これは自殺ではなく、尊厳死でもなく・・・こういう選択できる時代なのですね。
by nicolas (2006-09-06 09:34) 

Baldhead1010

尊厳死・・・自分の意識がしっかりしていないと、なかなかできませんね。

それと、生への執着が少しでも残っていると、できないでしょうね。
by Baldhead1010 (2006-09-06 10:46) 

ランランラン太郎

「大黒屋光太夫」是非読んでみたいと思います。
自分の人生がわりと平凡なので、壮絶な人生が描かれている本を
読むのはとても好きです。
吉村昭さんの尊厳死は立派です。自分がその立場になった時に自分で
死を選んで行動できるだけの強さは無いと思います。
by ランランラン太郎 (2006-09-06 10:52) 

花IKADA

日頃活字離れの日々を送っているためか、お陰でこの本に
凄く興味が湧きました、ありがとうございました、読んでみようと思います
(^^)!
by 花IKADA (2006-09-06 11:40) 

最期は自分の家で迎えたいものですね。
by (2006-09-06 11:47) 

noric

一度、読んでみたいと思います。
by noric (2006-09-06 17:19) 

マイケル

アールグレイさん
自分も死に臨んで堂々としていたいですね。
by マイケル (2006-09-06 19:38) 

マイケル

にこちゃんさん
椎名誠の本も読んでみたくなりました。
by マイケル (2006-09-06 19:40) 

マイケル

Baldhead1010さん
その通りですね。
凡人の私に出来るかな?
by マイケル (2006-09-06 19:40) 

マイケル

ランランラン太郎さん
私も吉村昭さんの本をもっと読んでみたくなりました。
by マイケル (2006-09-06 19:42) 

マイケル

花IKADAさん
どんどん本を読みましょう。
by マイケル (2006-09-06 19:44) 

マイケル

すずめさん
家族に見守られて息を引き取りたいです。
by マイケル (2006-09-06 19:45) 

マイケル

noricさん
吉村昭さんの本、何でも読んでみて下さい。
by マイケル (2006-09-06 19:47) 

Ezカンパニー101

初めまして。
光太夫の事は、司馬さんの「菜の花の沖」で、粗筋程度に知りました。
椎名 誠さんが、彼の足跡を辿るTV番組も、以前にありましたね。
私も、これを機に読んでみたい気になりました。
by Ezカンパニー101 (2006-09-06 22:56) 

マイケル

Ezカンパニー101 さん
訪問&コメントありがとうございます。
そのTV番組は見ませんでした。
残念です。
by マイケル (2006-09-07 06:50) 

鯉三

「大黒屋光太夫」、読みました。わたしも感情移入しない淡々とした描き方に、余計に引き込まれるものがありました。
この新聞記事も読みました。学生時代から連れ添って来られた津村さんの言葉だけに、こみ上げるものがありました。吉村さんらしい最後だったと思います。
by 鯉三 (2006-09-08 21:02) 

マイケル

鯉三さん
コメントありがとうございます。
私はこの記事を読んで、感動しました。
by マイケル (2006-09-08 22:39) 

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